私が休職した理由①【職場復帰までの道のり】

休職・復職

どーも、介護職18年のマサヨシです。

休職と復職を2回くり返して、今も現場で働く44才です。

今日はいよいよ

なぜ休職したかについて書きます。

まずは一回目の休職までです。

よろしくお付き合いください。

適応障害で1か月半休職しました。

今から、10年前の2010年に1度目の休職をしました。

34歳の時です。

介護の仕事をして6年目のことでした。

お医者さんの診断は適応障害でした。

1ヶ月半休職しました。

デイサービスに異動になり役職が付きました

もともとは施設でフロアリーダーをしていました。

(役職の一つ下です)

その働きぶりが評価されたのか、役職に昇進することになりました。

ただ、デイサービスに異動になっての昇進です。

しかし、

デイサービスと施設では、業務内容が大きく違います。

例えるなら

マ〇ドナルドとレストランくらい違います。

野球とラグビーぐらい違います。

同じ介護という仕事でも、客層、仕事内容、規模など大きく異なるのです。

環境の変化

デイサービスに異動になって、10か月くらい経った頃でした。

それまでは、違う環境に慣れようと必死でした。

朝は、6時ごろに出社していました。

残業も結構していたと思います。

加えて

デイサービスは施設に比べて小さな事業所です。

いろいろなことをする必要があります。

職員の面接・採用、物品の修理、車の事故の処理など

施設ならば、担当部署があるのですが、単体の事業所はありません。

管理者や役職がそれらを行うのです。

やったことのない仕事がたくさんありました。

徐々にキャパシティを超えていきました。

プレイヤーからマネージャーに

一番辛かったのは、やはり人間関係です。

デイサービスには、正職員の他に、パートの主婦や学生バイトなどが働いています。

その人たちを、まとめていくのが辛かったです。

今までは、自分のことだけを考えていれば良かったのが、

他の人のこと、チームのことも考えなければなりません。

学生時代も、部活などやってこなかったので、

共同作業はあまり得意ではありません。

本などで読んだ知識でなんとかしようとしましたが、

無理でした。

そんな中

夏休み直後でした

前の施設でたまっていた有給休暇もあって

8日間の長期休暇をとりました。

完全にモードがOFFになりました。

5月病のような感じでしょうか。

休みが明けると、結構問題が発生していました。

人間関係のトラブル、自分の仕事、上司との関係、利用者とかかわり

一気に押し寄せてきました。

「あ、無理かも」

急に寝れなくなりました。

寝れなくなって、4日目。

車の運転ができなくなりました。

バックができません。

何度切り替えしても、車が元の位置に戻ってしまいます。

脳がフリーズしている感じでした。

そんな自分が怖くなりました。

家では、妻の後をついて回りました。

そして

精神科を受診

妻に勧められて、近所の精神科に行きました。

抵抗はもちろんありました。

「まずは、寝られる薬をもらいに行こう」と妻に言われ

「そうかもな」と思いました。

しかし

待合室はすごい雰囲気でした。

そこは昔ながらの診療所で、たくさんの人が診察を待っていました。

1人ぶつぶつ言っている人、一点を見つめている人、

妙に大きな声でしゃべっている人。

そこで2時間くらい待ちました。

すごく長い時間に感じられました。

告げられた病名は

適応障害」でした。

適応障害とは、ICD-10(世界保健機構の診断ガイドライン)によると「ストレス因により引き起こされる情緒面や行動面の症状で、社会的機能が著しく障害されている状態」と定義されています。
ストレスとは「重大な生活上の変化やストレスに満ちた生活上の出来事」です。ストレス因は、個人レベルから災害など地域社会を巻き込むようなレベルまで様々です。
また、ある人はストレスに感じることがほかの人はそうでなかったりと、個人のストレスに対する感じ方や耐性も大きな影響を及ぼします。つまり適応障害とは、ある生活の変化や出来事がその人にとって重大で、普段の生活がおくれないほど抑うつ気分、不安や心配が強く、それが明らかに正常の範囲を逸脱している状態といえます。
さらに、ICD-10の診断ガイドラインを見ると、「発症は通常生活の変化やストレス性の出来事が生じて1カ月以内であり、ストレスが終結してから6カ月以上症状が持続することはない」とされています。ただしストレスが慢性的に存在する場合は症状も慢性に経過します。
もうひとつ重要な点は、ほかの病気が除外される必要があります。統合失調症、うつ病などの気分障害や不安障害などの診断基準を満たす場合はこちらの診断が優先されることになります。
いったいどれくらいの人が適応障害になっているかというと、ヨーロッパでの報告によると、一般的には人口の1%といわれています。日本での末期がん患者の適応障害有病率の調査では、16.3%といわれています。

厚生労働省 みんなのメンタルヘルスより

先生からは、仕事は一ヶ月休むように告げられました。

母も長い間うつを患っていました

実は母親も長い間、うつ病に罹っていました。

それを見ていたので、多少は知識がありました。

寝れない時に、

ネットをみて「当てはまる」と思いました。

遺伝的なものもあるのかもしれません。

認知症の講座も影響している?

休職する、何ヶ月か前からスキルアップのために

認知症介護職実践者研修」を受講していました。

後で聞いたのですが

受講者で結構病む人が多いみたいです。

「介護とは」「利用者との関りとは」という根っこの部分を

掘り下げて勉強するので

現場に帰ったときに、現実とのギャップに考え込んでしまう職員も多いそうです。

宿題もかなりあります。

現場をしながらだと結構キツイのです。

これが、最後の一押しになりました。

仕事がすべてでした

高校卒業してから

ずっと定職には就いていませんでした。

27歳で初めて就職しました。

がむしゃらに働きました。

他の人から遅れているという意識が常にありました。

結果、リーダーなどすぐにやらせてもらいました。

仕事で成果を出すことが、自分を表現することだと考えていました。

いろいろな本も読み漁りました。

自己啓発、ビジネススキル、仕事術など

でも

外側ばかりで中身が伴っていなかったのでしょう。

プライベートも、よくはありませんでした。

結婚していて、子供もいましたが

家族のことはあまり考えていませんでした。

色々なものを犠牲にして仕事をしていました。

違う施設に異動する

結局、デイサービスから別の施設に異動することになります。

役職もなくなり、一からやり直しです。

当然です。

役職をやる気力もなかったですが。

病みやすい職業ベスト3でした

その時、お医者さんに聞いたら

教師・介護職・プログラマーが病みやすいそうです。

すべてがなくなった気がした

生きる意味がなくなった気がしました。

そりゃ、仕事がすべてでしたから。

それから

自分を否定する、後悔する、自分を虐める10年のスタートです。

続きの復職編は次回で。

妻のコメント

妻にその当時のことを聞いてみました。

その時は、長女4才、次女1才でした。仕事ばかりの夫でした。異動になってから環境の変化に戸惑っている様子でした。寝れなくなってから「食べ物の味がしない」「市販の睡眠導入剤では眠れない」「やっぱり眠れない」と言って何度も寝ている私を起こしました。そんな日が4日続いて、夫からすべての表情が消えました。
精神科の先生から「仕事を休んで、ご主人のそばにいてください」と言われ、薬を飲めば、すぐに治ると、その時は思っていました。
もともと育児に協力的ではありませんでした。子供は、まだまだ小さくギャーギャーうるさい。今まで以上になにもしない夫。地獄の一か月半でした。
少しでも、夫の前から姿を消すと「どこに行った?」と家中を探し回る。買い物に行こうとすると「一緒に行く」と。でも、スーパーでは「人が多いし、早く帰ろう」と言う。子供より手がかかる夫にうんざりでした。そんな夫にイライラして、少しでもキツく言うと「どうせ、俺なんか・・・。」と状態が悪くなる。「早く治って」と願うばかりの日々でした。
 

まとめ

異動で昇進し、キャパシティを超えて休職に至りました。

家族をないがしろにしていたツケがまわってきたのでしょう。

頭でっかちで、経験不足な自分がそこにはいました。

でも、最初からうまくはできないよ。」(あの時の自分に一番言ってあげたい言葉です)

それを受け入れて進んでいけばよかった。

でも

少し休憩となりました。

今思えば、人生にはそんな時も必要です。

本当に大切なことがわかるためのステップ

そこから、また立ち上がればいいのです。

よく読んだ本

そんな休職中や復職したときに

読んでいた本です。

曽我綾子さんの本です。心に優しい言葉がたくさん載っています。

ご自身も長年、うつ病に罹られている中で考えられた

いろいろな言葉が書いてあります。

今でも元気づけられる本です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

また次回お会いしましょう。

目指せ100記事。

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