復職の不安との戦い方【今の自分を受け入れる方法】

休職・復職

どーも介護職18年のマサヨシです。休職と復職を2回繰り返して、今も現場で働く44才です。

今回は1回目の復職について書きたいと思います。

そして、自分を受け入れる方法を伝えます。私の経験伝えることで、今休職している人、復職しようとしている人の助けになれば幸いです。

自分を受け入れる方法は【時間】

答えは、時間です。簡単な答えでごめんなさい。でも真実です。私は1回目の休職を受け入れるのに5年かかりました。2回目は、慣れたのか2年ほどで受け入れることができました。人間、そんなにすぐには、自分を受け入れられません。頭でいろいろ考えても、行動しても効果は薄いです。徐々に、少しづつ時間が解決してくれるのです。

では、復職した時のことを振りかえってみます。

休職中のことはあんまり覚えていません

休職中のことは、脳がフリーズしていたのか、そこまで覚えていないのが、正直なところです。休職して、2日後ぐらいには寝れるようにはなりました。しかし、テレビを見るのが辛くて、寝てばかりいた気がします。そして、休む意味を探して、子供と過ごす時間を作ろうとしましたが、慣れていないから、すぐに挫折しました。気分転換に、旅行に行ったりしましたが、人混みがしんどくて、すぐに帰りたくなりました。

1ヶ月半で別の施設で復職

本音としては、もう少し休みたかったです。しかし、職場からのプッシュもあり、グループの別の施設で復職しました。最初は、半日行っては休み、1日行っては休み、2日行っては休みと、段階的に働きました。新人職員のようにペアで職員が付きました。みじめな感じがしました。そして、休職明けで体がなまっているのか、すごく疲れました。その疲れが、体力的なものなのか、精神的なものなのか分からず、すごくシンドかったです。別の施設だったので、知り合いもいなくて、孤独感が強かったです。仮に、元いた施設に戻っても、同僚に変な気を使われて、働きづらかったかもしれませんが。

会議で涙が出る

休職前は、会議が好きでした。発言もするし、司会進行などもして積極的に関わっていました。でも、復職してすぐ会議に出席しましたが、発言できない自分、今の自分は何をしているのか、そもそも頭も回らなくて、すごくツラくなりました。なんとか最後までは座っていましたが、終わると走って会議室を出ました。そして、泣きました。好きだった会議に出ることが、こんなに苦しいのか、そんな今の自分に嫌気がさしました。

みじめな自分

他にも覚えているのが、復帰当初は、原付バイクで通っていました。雨の日、時速30キロで走っていると、対向車線のトラックに水たまりの水を大量にかけられました。全身ずぶぬれになり、「なぜ、俺ばっかりこんな目にあうんだ」と、すごく自分がみじめに思えました。それでも、家に帰らずに、「よく仕事に行ったな。」と今は思います。

通院はしていました

もちろん、精神科の通院は続けていました。しかし、薬に対しての抵抗があり、眠剤しか飲んでいませんでした。セカンドオピニオンで、別の精神科も受診しましたが、ほぼ同じ診断でした。お医者さんとは少ししか話すことができないので、今にして思えばカウンセリングに行って、ゆっくりと話を聞いてもらうほうが良かったです。

後悔ばかりしていました

今の自分を受け入れられなかったのでしょう。過去ばかり振り返っていました。

あの朝に栄養ドリンク飲んでいれば行けたんじゃないか

前向きな考え方をしていれば、乗り越えられたんじゃないか

ネット見なかったらよかったんじゃないか

根性で我慢していけば、なんとかなったんじゃないか。根性なし。

など、考えが堂々巡りしていました。小さなことが頭を支配します。全てがネガティブなことに思えてきます。

でも、今は思います。

原因は一つではない

いろいろなことが重なって休職に至ったのです。自分の性格、仕事、環境、人間関係、原因は一つではない。ただ、原因探しをしているだけでした。一つが変わっていても、結果は変わらなかった。仮に、あの時に休職していなくても、いずれは休んでいた。早いか遅いかの違いです。

低空飛行でもよい

でも、すぐに受け入れられません。元気を取り戻せるはずもありませんでした。とりあえず、仕事に行く。それだけしか考えないようにしていました。低空飛行でもいい。飛んでるだけでマシです。寝ることもできていましたし、抗うつ薬とかも飲んでいなかったので仕事に行くことはできました。仕事に行っていれば、社会に参加しているという気持ちになるし、給料をもらっていれば、一応、一家の主だと思えたから、仕事が終われば、少し気が晴れました。

経験者が多い

復職してから、いろいろな人と話すと、「実は、俺も昔に、心病んでな」という人が結構いました。特に管理者や役職者など上の人には多かったです。やっぱり上に行けば行くほど、苦労が多いんでしょうね。今となっては、なんか病みそうな人、病んだことのある人が、なんとなくわかるようになりました。

体験談に癒される

うつや休職の体験談を聞くと、心が楽になりました。「ああ、俺だけじゃないんだな」と思えました。だからいろんな本を読み漁りました。このブログもそういう助けになればいいなと思います。

特に体験談が書いてあって、励まされた本は

円広志さんのパニック障害の闘病記です。

2冊目は

竹脇無我さんのうつ病闘病記です。

芸能人で病む人は多いですね。でも元気づけられました。

嫁のコメント

再び、奥さんにその時の心境を聞きました。

まずは午前中だけの仕事。または、昼から夕方までの仕事で、短時間からの再スタート。子供の幼稚園も始まり、やっと、自分1人の時間ができて、とても、嬉しかったことを覚えています。
疲れてはいるけれど、やっと社会の居場所ができたことと、自分の役割を果たせていることが確認できたからでしょうか、少し喜んでもいました。でも、職場で自分のことを言われているのではないかなど、不安もあったようです。しかし、誰も彼を責めることなどなく、一人で考えすぎていたと後で分かったホッとしていました。
復職して、1ヶ月経った頃に、普通に給料をもらえたことに心から感謝しました。
でも、調子が良いときが増えてくると、お互いに病気のことを少し忘れます。イラっとして、私がキツく言うと「どうせ、俺なんか」と具合が悪くなります。そこから、また数日、具合が悪い状態が続きます。「もう何も言わないでおこう」と、何度も心に誓いました。でもムリでした。気持ちが下がるときは、大抵、私との言い合いの後です。私が気分の波を作っているのだなと思いました。
そんな日々の繰り返しで、10ヶ月たった頃です。私は失声症という声が出なくなる病気になりました。お医者さんには「ストレスが原因です」と言われました。言いたいことを言うのを、我慢していたせいもあるのかもしれません。それから、主人は「俺のせいだ」と、少し私の気持ちにも、寄り添ってくれるようになりました。

まとめ

復職したはいいけれど、本当に後悔ばかりしていました。過去を振り返って、今の自分との違いにばかりを気にしていました。でも、時間が解決してくれました。もちろん、時間だけじゃなく、奥さんや家族の力が大きいです。今暗闇の中にいる人も、焦らずに低空飛行でもいいから、立ち止まってもいいから、そこにいるだけで良いんです。こんな私の体験談ですが、力になれたら幸いです。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

めざせ100記事。

次回は2回目の休職のことを書きたいと思います。

タイトルとURLをコピーしました